書評:祁景エイ
中国のインターネットにおける
 対日言論分析―理論と実証との模索―





はらだ おさむ (関西日中関係学会会長代行)      


著 者:祁景エイ(き けいえい)
書 名:中国のインターネットにおける対日言論分析 ― 理論と実証との模索 ―
出版社:日本僑報社
価 格:2,500円+税

段躍中さんが編集・発行のメルマガ (414号=04・8・18) は本書の特集号であったが、そこに転載されていた毎日新聞(2004年8月12日 東京夕刊) の記事のなかで「アジア・カップの問題は『中国側は経済成長による自信の回復、市民意識の台頭など複雑な要素が絡み合っている。日本にも中国政府があおっているというステレオタイプの見方があるのでは』と分析。だが、正直な気持ちは『もううんざり、気がめいる』と話した。」と著者の発言が伝えられている。

わたしも同じ気持ちだったが、著書をとりあげ読み進むうちに、あまりにも中国のインターネットの実情について知らないのに愕然とした。

東京大学東洋文化研究所の田中明彦教授はつぎのような推薦の言葉を書いておられるが、それはまたわたしの読後感でもある。

現代の日中関係について、インターネットに現れる対日世論が重要だと言われる。最も先鋭な対日批判がインターネットで繰り広げられているとも言われる。しかし、その実態を冷静に分析するとどうなるのか。中国の公式見解とどこが同じでどこが違うのか。中国のインターネット対日世論の構図を初めて体系的に分析したのが本書である。現代の日中関係を理解したい者にとって必読書であろう。
まず中国ネットユーザーの実情であるが、著者が本年1月の中国互聯信息中心のデーターから作成した分析によると、ユーザー数は98年7月比68倍の7,950万人、年齢では35歳以下が91.1%→82.2%と若干下がり気味だが圧倒的に青年層が主体(時間の経過で中年層まで広がっている)。学歴別では高校以下が6.9%→13.5%と低学歴層の増加が見られるが、これはインターネットの普及とは無縁ではないだろう。大学卒は49.6%→29.8%とその比率は激減しているが、中国社会における大学卒はこの数年間でもその絶対数の激増は見られないから、ユーザー数の増加に伴いその比率が低下していると判断される。いずれにしてもこの期近のデーターでは、短大卒以上の比率は86.5%を占めているわけであるから、ネットユーザーの90%近くが現代の“知識青年”で占められているといえよう。職業別データーは今年のみであるが、教師・行政(公務員)・商業・技術(専門職)・事務・学生の非生産業に従事する者が85.9%と圧倒しており、これは学歴別の“知識青年”にラップする。

著者は本書での分析・解説のあと「『強国論壇』の“常連客”は、オフラインの世界では一体どういう人物であろうか 」とかれらのオピニオンの形成(過程)、変化、相互の影響などの分析に興味を示している(p.194) が、それは三重の「門」で規制をかけ、主観的審査担当の12名のゲイトキーパー (“版主”) にとっても同様の想いであろう。

「愛国」=「愛政府」=「愛党」が崩壊し、市場経済の浸透とともに所得格差が拡大して中国の各層、各地域での矛盾が顕在化しつつある現在、「強国論壇」などのサイトは不満のはけ口−「ガス抜き」的機能を果たしているとも思われるが、独立採算制のメディアは、「軍旗スタイル事件」のように無風のなか3ヶ月も経ってから、3,000以上といわれるサイトで「モデル写真」を掲載して世論を操作・誘導しており、「『日本たたき』による慢性的愛国教育」が本当に愛国の観点で動いたのか、“奪眼球戦略”ではなかったのかと指摘している(pp.174-176)。注目すべき観点である。

また日本の中国研究についても、木を見て森を見ない/固まった視点で変わりつつある中国を見る風潮を鋭く指摘している。

この2年あまり、インターネット上で多くの書き込みを読んできた」著者は、「トイレの落書きと呼ばれるものがないわけではない」なかから「権力の底層から国を愛する目的で発せられた雑念なし(の)建設的な批判、そして素朴な話によく感動」させられたと述懐している (あとがき)

その視点は何回も警告され、削除された異質の声 (2002年4月23日 老笨牛)

敏感に靖国神社に神経を尖らせるのは、わが民族の感情の脆さとしかいえない。今わが民族の最大の利益は言うまでもなく祖国統一だ。靖国参拝は実害をもたらさないとして、反対する理由はない。 (p.132)
を拾い出しているが、ネット上で「抗日民族英雄」としてもてはやされている馮錦華 (01年夏、靖国神社こまいぬスプレー噴射事件、04年3月尖閣諸島上陸事件首謀者)のつぎのような日本のイメージについての談話も伝えている (p.192)
日本では自分のことをちゃんとやったら、他の人が邪魔しないので国内より働きやすいと思う。

大多数の日本人はやさしい、軽蔑されたことはない。

日本製品のボイコットには賛成しない。

一筋縄では読みきれない中国ネットの事情である。

ご一読をお勧めする次第。
                 (2004年9月9日 記)


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